はじめに:技能実習制度の歴史的役割と廃止、新たな制度への移行
日本は少子高齢化による深刻な人手不足に直面し、外国人材の活用が不可欠となっています。
これまで外国人材受け入れの一翼を担ってきた「技能実習制度」は、人権侵害や失踪者の急増といった問題が指摘され、2024年3月15日に政府が閣議決定し、廃止が決定されました。
これに代わる新たな制度として、「育成就労制度」が創設され、日本の外国人材受け入れは大きな転換期を迎えています。
本記事では、過去の制度である「技能実習2号」の概要を解説するとともに、なぜ制度が廃止されたのか、そして現行の「特定技能」や新制度「育成就労」との関係性を踏まえ、企業が今後どのように外国人材を受け入れていくべきかを分かりやすく解説します。
1. 「技能実習2号」とは?制度の目的・期間・対象職種
まずは、廃止が決定された技能実習制度における「技能実習2号」の基本的な枠組みについて理解を深めましょう。
1.1. 技能実習制度の本来の目的:「国際貢献」としての技能移転
技能実習制度は、開発途上国等の経済発展を担う「人づくり」に貢献するため、日本の進んだ技能・技術・知識を移転することを本来の目的として、1993年に創設されました。
本来、労働力確保を目的とする制度ではありませんでした。
1.2. 技能実習1号から2号へのステップ:期間と活動内容
- 技能実習生の在留資格は「技能実習1号」からスタートし、入国後1年間で技能等を修得します。
- 「技能実習2号」は、技能実習1号で修得した技能等をさらに習熟させるための段階であり、来日後2年目と3年目の2年間与えられる在留資格です。
- 技能実習2号へ移行するためには、所定の試験を通過するなどの要件が定められています。
- 1号から2号へ移行する際は、1年目の実習内容を更に深めていくことが目的であるため、職種や作業内容を変更することはできません。
1.3. 技能実習2号の対象職種と作業数
- 技能実習2号の対象職種は、農業、建設業、製造業など多岐にわたり、一時は87職種156作業が指定されていました。
- 企業単独型の場合は「技能実習第2号イ」、監理団体型の場合は「技能実習第2号ロ」という区分になります。
1.4. 技能実習2号の移行要件
技能実習1号から2号へ移行するためには、以下の要件を満たす必要がありました。
- 「技能実習1号」と同じ受け入れ企業で、同じ技能等に対して実習が行われること。
- 技能検定基礎級(または同等の検定・試験)に合格していること。
- 2号技能実習計画に基づき、より実践的な技能等を修得しようとすること。
基礎級に不合格となっても、再試験が1回のみ認められていました。
1.5. 企業にとってのメリット(制度廃止前の視点から)
- 人材確保の手段: 技能実習は、人手不足が課題となる日本の様々な業界で特定の技能を持つ外国人を活用することで、労働力不足を解消する手段として活用されていました。
- 技能向上による効率化: 実習生が専門性を高めることで、作業の質と効率が向上し、企業の生産性向上に寄与する可能性がありました。
- 文化交流の促進: 外国人との協働を通じて、企業の多様性が広がり、社内活性化にも繋がる側面がありました。
2. 技能実習制度が抱えていた問題点と廃止の背景
本来の目的と実態の乖離や人権問題が深刻化し、制度の存続が困難となったことが廃止の主な理由です。
2.1. 目的と実態の乖離:「労働力確保」としての運用
技能実習制度は「国際貢献」を目的としていましたが、実態としては国内の人手不足分野における労働力確保の手段として運用されていました。
この目的と実態の乖離が、多くの問題の根源となりました。
2.2. 技能実習生の立場の弱さと人権侵害
技能実習生は、原則として転籍(転職)が認められないため、受け入れ企業や監理団体に対し、極めて弱い立場に置かれていました。
この立場の弱さから、低賃金、長時間労働、暴力、ハラスメント、保証金徴収、旅券・在留カードの不法保管といった人権侵害や法令違反が後を絶たず、社会問題となりました。
2.3. 「失踪者」の急増と制度破綻
人権侵害や不当な労働環境から逃れるために、技能実習生の失踪が急増し、2021年度には約5,000名以上に達しました。
この失踪問題は、制度の根本的な欠陥を示すものとして国内外から批判され、制度廃止を決定する大きな要因となりました。
2.4. 監理団体の役割と問題点
監理団体は、受け入れ企業が適正な実習を実施しているか監督し、実習生の保護を行う役割を担っていましたが、一部の監理団体による不正行為や、高額な手数料を徴収する悪質なブローカーの関与も問題視されました。
2.5. 制度廃止から「育成就労制度」への流れ
これらの問題を解決し、人権に配慮した適切な雇用制度を新たに創設するため、政府は技能実習制度を廃止し、育成就労制度を創設する流れとなりました。
3. 「特定技能」「育成就労」との比較:何がどう変わるのか?
技能実習制度が廃止され、今後は「特定技能」制度が外国人材受け入れの主要な柱となり、新たに創設される「育成就労制度」がその前段階としての役割を果たすことになります。
3.1. 技能実習制度と特定技能制度の主な違い
| 項目 | 技能実習制度(旧制度) | 特定技能制度(現行制度) |
| 目的 | 技能移転による国際貢献 | 労働力確保(人手不足分野) |
| 在留期間 | 最長5年(1号:1年, 2号:2年, 3号:2年) | 1号:最長5年、2号:上限なし |
| 転職 | 原則不可 | 同一分野内で条件付きで可能 |
| 家族帯同 | 不可 | 2号のみ要件を満たせば可能 |
| 日本語能力 | 原則不要 | 試験により証明が必要(N4以上が目安) |
| 試験 | 原則不要 | 技能試験・日本語試験が必要 |
| 支援主体 | 監理団体による監理 | 企業または登録支援機関による支援 |
最も大きな違いは、特定技能制度が人材不足の解消を目的としている点と、同一分野内での転職が可能である点です。
3.2. 新制度「育成就労」の概要と特徴
- 「育成就労制度」は、日本の人手不足分野における人材育成と人材確保を目的とする制度であり、外国籍の方の活動を認める在留資格を「育成就労」といいます。
- 施行予定時期: 2024年3月15日に閣議決定、2024年6月21日に公布され、公布日から3年以内(2027年6月20日まで)に政令で施行される予定です。まだ施行前の制度であり、細部が未確定であることに注意が必要です。
- 在留期間: 原則として3年間が設定される見込みです。
- 受け入れ対象分野: 特定技能と同じ16分野に設定される見込みです。
3.3. 「育成就労」における転籍(転職)の自由と日本語能力
- 転籍の自由: 育成就労制度の大きな特徴は、同一企業で1年以上働いたのち、一定の条件を満たせば転籍(転職)が可能となる点です。この点は、技能実習制度の最大の課題であった「転籍の制限」を解決するものです。
- 日本語能力要件の強化: 育成就労制度では、入国時点で日本語能力N5相当以上の試験合格またはそれに相当する日本語講習の受講が要件となります。さらに特定技能1号へ移行するためには、N4レベル以上の試験合格が求められる見込みです。
3.4. 特定技能・育成就労が目指す「人材育成」と「人材確保」
育成就労制度は、特定技能1号へスムーズに移行できるように設計された制度であり、育成就労期間の3年間で特定技能1号水準まで技能を育成することを目標としています。
これにより、外国人材は日本でより長期的に働ける明確なキャリアパスが描けるようになり、企業の成長と従業員の定着に繋がることが期待されます。
4. 技能実習2号から特定技能への移行手続きと注意点
現在技能実習2号で在留している外国人材や、過去に修了した人材が日本での就労を継続したい場合、特定技能への移行が最も一般的な選択肢となります。
4.1. 技能実習2号修了者が特定技能1号へ移行する要件
- 技能実習2号を良好に修了した者は、特定の条件下で、必要な技能水準及び日本語能力水準を満たしているものとして扱われます。
- ただし、育成就労制度では、原則として特定技能への移行に試験合格が必要となる見込みであり、技能実習のように良好修了による試験免除はなくなる可能性が高いです。
- 技能実習2号の活動と特定技能1号の活動に関連性があることが重要です。
4.2. 在留資格変更手続きの流れ
- 技能実習2号から特定技能1号へ移行する場合、「在留資格変更許可申請」を地方出入国在留管理局に行います。
- 申請には、技能実習の修了証明書、特定技能雇用契約書、支援計画書などが必要です。
- 申請から許可までは通常1~3ヶ月程度の期間を要します。
4.3. 移行期間中に注意すべき法的義務
- 在留資格変更申請中は、現在の在留資格の活動(技能実習)の範囲内で引き続き業務に従事できますが、許可が出るまでは特定技能の業務には就労できません。
- 不法就労とならないよう、在留期間の確認や、認められた業務範囲の遵守が不可欠です。
4.4. 特定技能へ移行しない場合の選択肢
技能実習を終えて帰国する以外にも、就労を継続しない形で在留資格を変更する、あるいは他の就労可能な在留資格(例:技術・人文知識・国際業務)の要件を満たす場合は、そちらへ変更することも可能です。ただし、それぞれ要件が厳しく、認められない場合もあります。
5. 企業が外国人材を受け入れる際の共通の注意点と法令遵守
技能実習制度の廃止は、これまでの外国人材受け入れにおける問題点を浮き彫りにしました。今後、特定技能や育成就労制度で外国人材を受け入れる企業は、法令遵守と適切な環境整備がこれまで以上に求められます。
5.1. 「同一労働同一賃金」の徹底と差別禁止
- 外国人労働者に対しても、日本人労働者と同等以上の賃金を支払う義務があり(同一労働同一賃金)、最低賃金法を遵守しなければなりません。
- 国籍や人種を理由とする募集・採用での差別、労働条件における不当な扱いは、法律で禁止されています。
5.2. 法的手続きの正確な理解と不法就労の防止
- 「就労ビザ」は入国時の許可証であり、日本で就労を可能にするのは「在留資格」です。この違いを正確に理解しましょう。
- 雇用する外国人には、その在留資格で認められている業務のみに従事させ、不法就労とならないよう厳格に管理する義務があります。
- 不法就労をさせた場合、企業側も懲役3年以下または300万円以下の罰金に処せられる可能性があります。入管法改正により、不法就労助長罪の罰則がさらに強化されます。
5.3. 社会保険・労働保険の加入と各種届出義務
- 外国人労働者も日本人と同様に、健康保険、厚生年金、雇用保険、労災保険といった各種社会保険・労働保険への加入が義務付けられています。
- 外国人労働者を雇用・離職した際は、ハローワークへ「外国人雇用状況届出書」を提出する義務があります(特別永住者を除く)。
5.4. 安全衛生の確保と健康管理
- 安全衛生教育や健康相談の実施は、法律により定められているため、外国人労働者にも必要です。
- 母国語や図解などを利用し、外国人労働者が理解できる方法で教育を行い、定期的な健康診断を実施する必要があります。女性の外国人労働者に対しては、産前産後休暇など母性保護に関する措置も必要です。
5.5. 旅券・在留カードの保管、保証金・違約金契約の禁止
- 企業が外国人労働者の旅券や在留カードを保管することは、法律で禁止されています。
- 外国人本人やその親族等から保証金を徴収したり、労働契約不履行に関する違約金を定める契約は、不当な行為として禁止されています。違反した場合、欠格事由に該当し5年間受け入れができない可能性があります。
5.6. 生活・職場環境のサポート(支援計画)の重要性
- 特定技能制度では、企業に1号特定技能外国人支援計画の実施が義務付けられており、住居確保、生活に必要な契約支援、生活オリエンテーション、定期面談などが含まれます。
- これらの支援に要する費用は、外国人本人に直接的または間接的に負担させることは法律で禁止されています。
- 雇用労務責任者の選任(常時10人以上の外国人を雇用している企業に推奨)や、地方公共団体による共生施策への協力義務もあります。
6. まとめ:過去から学び、未来へ繋ぐ外国人材受け入れ
技能実習制度の廃止は、日本の外国人材受け入れ政策における大きな転換点です。過去の「技能実習2号」が抱えていた問題点を深く理解し、そこから得られた教訓を活かすことが、今後の外国人材受け入れ成功の鍵となります。
「育成就労制度」の創設は、単なる労働力確保ではない、外国人材のスキルアップと人材育成を重視し、企業の成長と従業員の定着を両立させることを目指しています。企業は、採用戦略から定着支援に至るまで、外国人材を多様な視点と国際競争力を向上させるパートナーとして迎え入れる意識を持つことが不可欠です。
法令遵守の徹底はもちろんのこと、外国人材が安心して働き、能力を最大限に発揮できるような環境を整えることが、これからの企業には求められます。まだ施行前の制度である「育成就労制度」については、今後も最新情報を収集し、必要に応じて登録支援機関などの専門家と連携しながら、準備を進めていきましょう。
外国人材が日本で活躍できるような共生社会の実現に向け、企業と外国人材が共に成長できる未来を築いていくことが重要です。
