はじめに:技能実習制度の廃止と「育成就労制度」誕生の背景
日本は少子高齢化の進行により、多くの企業が深刻な人手不足に直面しています。厚生労働省のデータによると、2025年2月の有効求人倍率は1.24倍に達し、求職者よりも求人数が多い「売り手市場」が続いています。このような状況下では、「募集をかけても採用できない」と、人材確保に苦労する声が上がっています。
一方で、国内で働く外国人労働者の数は年々増加しており、2024年10月末時点で230万人を突破し、過去最高記録を更新し続けています。外国人労働者を雇用する事業所の数も、6年前と比較して約1.58倍の約34万箇所に増加しており、国内の人手不足に伴い、外国人材を雇いたいという需要が高まっていることが分かります。
これまで外国人材の受け入れを支えてきた「技能実習制度」は、人権侵害や法令違反の発生、失踪者の急増(2021年度に約5,000名以上)といった多くの問題が指摘され、世界的にも批判を受けました。この状況を受け、2024年3月15日に政府が閣議決定し、技能実習制度の廃止が決定されました。
これに代わる新たな制度として、「育成就労制度」が創設されることになりました。これは単なる名称変更ではなく、「日本の人手不足分野における人材育成と人材確保」を目的とし、外国人材のキャリア形成と人権保護を重視した抜本的な見直しです。
本記事では、この新しい「育成就労制度」について、その目的、具体的な制度内容、企業が享受できるメリットと直面しうるデメリット、そして制度を成功させるための運用ポイントを分かりやすく解説します。
1. 「育成就労制度」とは?目的と施行までのロードマップ
育成就労制度は、外国人材のスキルアップと企業の成長を同時に実現する、画期的な仕組みとして注目されています。まずは、この制度の基本的な枠組みと、現時点での進捗状況を理解しましょう。
1.1. 育成就労制度の根本目的
育成就労制度は、「日本の人手不足分野における人材育成と人材確保」を目的とする制度であり、「外国籍の方の活動を認める在留資格を『育成就労』という」と明確に定義されています。その主な目的は以下の通りです。
- 外国人材の継続的な能力開発と実践的な人材育成の実現。
- 外国人材の人権と適正な労働環境の確保。
- 企業の人材確保ニーズへの対応。
- 特に、特定技能制度との一貫したキャリアパスの構築。
従来の技能実習制度の「国際貢献」という目的から、「日本の発展のための人材育成と人材確保」へと重心を移し、企業の成長と外国人材のスキルアップを両立させることを目指しています。
1.2. 技能実習制度が廃止された背景と問題点
技能実習制度は、1993年に「開発途上国への技能移転による国際貢献」を目的として創設されました。しかし、制度開始から30年が経過する中で、多くの課題が浮き彫りとなりました。
- 制度の目的と実態の乖離: 国際貢献が目的だったにもかかわらず、現実には国内の労働力として重用されており、目的と実態が乖離していることが大きな問題でした。
- 技能実習生の立場の弱さ: 受け入れ企業や、支援する立場であるはずの監理団体による人権侵害や法令違反が多発し、それが原因と思われる約5,000名以上の失踪者(2021年度)を招くなど、社会問題として大きく取り上げられました。
これらの問題を踏まえ、人権に配慮した適切な雇用制度を新たに創設する必要性が高まり、育成就労制度の創設へと繋がりました。
1.3. 育成就労制度の施行スケジュール
育成就労制度に関連する法案は、2024年3月15日に政府が閣議決定され、2024年6月21日に公布されました。 しかし、まだ施行前の制度であり、主務省令の作成中であるため、制度の細部については今後確定していきます。施行日は公布日から起算して3年以内(2027年6月20日まで)に、政令で定められる予定です。施行までの移行期間も設けられる見込みであり、概ね2030年までは技能実習制度と育成就労制度が併存する期間となるとされています。
2. 育成就労制度の具体的な制度設計と「特定技能」との関係
育成就労制度は、従来の技能実習制度の課題を克服し、外国人材のスキルアップと従業員の定着を促進するよう設計されています。特に、特定技能制度への円滑な移行を視野に入れたキャリアパスを提供する点が重要です。
2.1. 新たな在留資格「育成就労」
育成就労制度のもと、外国人が日本で活動を認められる在留資格の名称は「育成就労」となります。この在留資格は、原則として3年の在留期間が設定される見込みです。
2.2. 特定技能と同一の受入れ対象分野
育成就労制度の受け入れ対象分野は、特定技能と同じ16分野に設定される見込みです。 具体的には、介護、ビルクリーニング、工業製品製造業、建設、造船・舶用工業、自動車整備、航空、宿泊、自動車運送業、鉄道、農業、漁業、飲食料品製造業、外食業、林業、木材産業などが含まれます。 ただし、従来の技能実習制度(90職種)で対象だった職種が、育成就労制度では一部なくなる可能性もあるため、職種の適合性を確認し、必要に応じて業務内容を調整する必要があります。
2.3. 「転籍(転職)」が条件付きで可能に
育成就労制度の最も大きな特徴は、同一企業で1年以上働いたのち、一定の条件を満たせば転籍(転職)が可能となる点です。 転籍の条件としては、「転籍先の機関が同じ業務区分であること」「元の受け入れ機関での就労が一定期間以上であること(1~2年の範囲内で設定される見込み)」「技能検定試験基礎級と一定水準以上の日本語能力試験に合格していること」「転籍先の機関が育成就労を適正に実施する基準を満たしていること」などが示されています。 人権侵害などの「やむを得ない事情」がある場合の転籍手続きも柔軟化されることとされています。 なお、民間の職業紹介事業者は、当分の間、転籍あっせんに関与できない方向で議論が進んでおり、外国人育成就労機構とハローワークが連携して転籍支援に取り組むことになります。
2.4. 日本語能力要件の強化
育成就労制度では、外国人材の入国時点での日本語能力試験N5相当(A1レベル)以上の合格、またはそれに相当する日本語講習の受講が要件とされています。これは、技能実習制度が講習の受講時間のみを要件としていた点とは大きく異なります。 さらに、特定技能1号へ移行するためには、日本語能力A2相当(N4レベル)以上の試験合格が要件となる見込みです。この日本語能力要件の引き上げにより、外国人材と日本人従業員との円滑なコミュニケーションが促進され、共生社会の実現を目指します。
2.5. 「監理団体」から「監理支援機関」へ
技能実習生を支援・監督する「監理団体」は、育成就労制度では「監理支援機関」へと名称が変更されます。監理支援機関は、外部監査人が入るなど保護・支援体制が強化され、企業への監理だけでなく外国人材への支援も重視する役割を担います。悪質な監理団体の存在を踏まえ、許可要件が厳格化される予定です。
2.6. 特定技能制度との明確なキャリアパス
育成就労制度は、特定技能1号へスムーズに移行できるように設計された制度です。育成就労期間の3年間で特定技能1号の水準まで技能を育成することを目標としています。特定技能への移行には、試験合格が必要となります(技能実習制度のように、良好修了による試験免除は原則ありません)。これにより、外国人材は日本でより長期的に働ける明確な道筋が描けるようになり、スキルアップと従業員の定着に繋がることが期待されます。
3. 企業が「育成就労制度」で得られる5つのメリット
育成就労制度の導入は、企業に多角的なメリットをもたらし、人材育成と企業の成長を両立させる画期的な仕組みとなるでしょう。
3.1. 深刻な人手不足の解消と安定した人材確保
生産性向上や国内人材確保の取り組みを行ってもなお人材確保が困難な分野において、外国人材を受け入れることで、必要とする人材を確保し、ビジネスの継続性を保つことが可能になります。特に、介護、ビルクリーニング、飲食料品製造業、外食業、宿泊業など、人手不足が深刻な特定分野での人材不足の解消に大きく寄与します。
3.2. 実践的なスキル習得と効率的な人材育成
育成就労制度は「人材育成」を目的としており、外国人材が働きながら学び、専門的なスキルや知識を習得できる制度です。実践的な業務を通じてスキルアップを磨くため、短期間で即戦力となる人材を育成することができます。これにより、企業は特定の分野で高い能力を発揮する専門スキルを持った人材を確保できる可能性が高まります。
3.3. 企業の競争力強化と生産性の向上
最新の知識や技術を持った人材が増えることで、企業の競争力が高まります。外国人材の導入は、新しいアイデアや技術の導入につながり、業務効率の改善や職場全体の生産性向上に寄与する可能性があります。例えばビルクリーニング分野では、深刻な人手不足に対応するため、清掃ロボットの導入促進などによる段階的な生産性向上に取り組んでいます。これは、企業の成長に直結する重要な要素です。
3.4. 社内のグローバル化と組織の活性化
外国人材が持つ異なる文化や価値観、多様な視点が、斬新なアイデアを生み出し、社内のグローバル化を促進します。自ら海外で働くことを決意し来日する外国人材は高いモチベーションと学習意欲を持つ傾向があり、その意欲的な姿勢は周囲の日本人従業員にも刺激を与え、社内の活性化に繋がります。日本人従業員も外国人材との交流を通じて異文化理解を深め、国際的なビジネス感覚を養うきっかけとなります。
3.5. 日本が外国人材から「選ばれる国」となる
転籍の自由や適切な労働環境の確保が制度に組み込まれることで、日本が外国人材から信頼され、長期的に働きたいと選ばれる国となることが期待されます。これにより、企業はより質の高い、長く働きたいと考える外国人材を集めることが可能になり、結果的に安定した人材供給に繋がるでしょう。これは、従業員の定着にも良い影響をもたらします。
4. 「育成就労制度」の3つのデメリットと課題
育成就労制度のメリットを最大限に活かすためには、デメリットや課題も十分に理解し、対策を講じることが不可欠です。
4.1. 育成した人材の「転職(転籍)リスク」
育成就労制度の大きな特徴である「転籍の自由」は、企業にとって育成した人材が他社へ流出するリスクを高める可能性があります。同一企業で1年以上勤務すれば転籍が認められるため、人材の定着率向上をストレートなメリットとして捉えることは難しく、むしろ積極的な定着支援策が必要になります。
4.2. 採用・受け入れコストの増加
育成就労制度では、企業が外国人労働者の渡航費や送り出し機関への手数料の一部を負担する必要があるため、技能実習制度と比較して初期費用が増加します。 監理団体制度の廃止に伴い、企業の直接的な費用負担の増加が見込まれる項目として、日本語教育、技能教育費用、社内体制整備(専任担当者の配置、研修制度の構築)、生活支援費(住居確保、保険加入等)などが挙げられます。社内教育担当者の配置や研修プログラムの開発、生活支援体制の構築といった社内システムの変更も必要となり、費用負担が増大する可能性があります。
4.3. 不適切な運用による法的リスクと企業イメージ低下
- 不法就労助長罪の厳罰化: 入管法改正により、不法就労助長罪の罰則が強化されます。「5年以下の懲役もしくは500万円以下の罰金」に処せられることになり、企業は外国人労働者の在留資格や就労状況を厳格に確認し、不法就労を防止する義務がより一層強まります。
- 「同一労働同一賃金」の徹底: 外国人労働者に対しても、日本人と同等以上の賃金を支払う必要があります(最低賃金法を遵守)。海外人材採用は「安価な労働力」と見なすことは違法であり、企業の成長を目指す上で企業イメージを著しく損ないます。
- 差別的待遇の禁止: 国籍や人種を理由とした募集・採用での差別、不当な労働条件の設定、職場でのハラスメントは禁止されています。暴力や暴言、宗教上の行為を不当に制限するなどの行為は、パワハラや人権侵害に該当し、決して許されません。
- 保証金・違約金契約の禁止: 外国人本人やその親族等から保証金を徴収したり、労働契約不履行に関する違約金を定める契約は、不当な行為として法律で禁止されています。
- 旅券・在留カードの保管禁止: 企業が外国人労働者の旅券や在留カードを保管することは法律で禁止されています。
5. 「育成就労制度」を成功させるための7つのポイント
育成就労制度を成功させ、外国人材の活躍と企業の成長を両立させるためには、計画的かつ継続的な取り組みが不可欠です。特に、人材育成と従業員の定着に向けた採用戦略と定着支援が重要です。
5.1. 計画的な採用戦略の策定と要件明確化
どのようなスキル、経験、日本語能力が必要か、採用する職種や業務内容を具体的に定義しましょう。入社後のミスマッチを防ぐため、実際の業務内容、職場環境、地域の気候、生活の利便性などを正確かつ丁寧に伝え、リアリティショックを予防しましょう。「特定技能1号水準」を目指すという制度の目的を理解し、その育成計画を見据えた採用戦略を立てることが重要です。
5.2. 法令遵守の徹底と適切な労働条件の提供
外国人労働者には、日本の労働基準法をはじめとする労働関係法令が国籍を問わず適用されます。日本人と同等以上の賃金を保証し、労働時間、残業代、休暇取得についても適正に管理しましょう。ハローワークへの外国人雇用状況届出を雇用時・離職時に行う義務があります。健康保険、厚生年金、雇用保険、労災保険といった各種社会保険・労働保険への加入手続きを日本人と同様に行い、所得税や住民税の計算・源泉徴収を適切に実施してください。旅券や在留カードを企業が保管することは禁止されており、保証金や違約金契約も禁止されています。
5.3. 外国人材特有の「定着支援」体制の構築
育成就労制度では、特定技能制度と同様に、企業(受け入れ機関)には外国人材に対する手厚い「支援計画」の実施が義務付けられると想定されます。
- 生活オリエンテーション(日本の生活ルール、交通ルール、防災・防犯、医療機関の案内など)の実施。
- 住居の確保(不動産仲介支援、連帯保証人となる、社宅提供など)は必須です。住居費や光熱費などの費用は、外国人本人が内容と金額を十分に理解し同意している必要があり、不当に高額であってはなりません。
- 銀行口座開設、携帯電話利用契約、電気・水道・ガスなどの生活に必要な契約手続きの支援。
- 3か月に1回以上、本人と監督者それぞれとの定期的な面談を実施し、業務面だけでなく生活面や精神面での困り事を把握し、相談・苦情に対応する体制を整えましょう。問題発生時には行政機関への通報義務もあります。
- 地域住民との交流機会の提供や、地域イベントへの参加支援も促進しましょう。
(重要)これらの義務的支援に要する費用は、外国人本人に直接的または間接的に負担させることは法律で禁止されています。
5.4. コミュニケーションと異文化理解の促進
外国人労働者の日本語スキルアップを支援する言語トレーニングの機会を提供したり、日本語学習教材やオンライン講座の情報提供、社内ルールや日本の生活情報を多言語で提供したりすることも効果的です。業務指示は「察する」ことを前提とせず、明確かつ具体的に伝える工夫が必要です。日本人従業員向けに、外国人労働者の文化や習慣、働き方への価値観の違いを理解するための異文化理解研修を設けることも検討しましょう。
5.5. キャリアアップ支援と転職リスクへの対策
外国人労働者のモチベーション維持と従業員の定着のために、キャリアアップ計画をあらかじめ作成し、雇用契約締結前に書面で説明する義務があることが、特定技能制度と同様に求められるでしょう。 非自発的離職時(倒産、解雇など)には、企業は公共職業安定所などと連携し、新たな就職先を見つけるための転職支援を行う義務が課せられます。安易な解雇や雇い止めは避けるべきです。公正な評価と適切な賃金設定を行うことで、外国人材のモチベーションを維持し、転籍リスクを軽減するための努力を継続しましょう。これは人材育成における重要な要素です。
5.6. 外部専門機関の活用(登録支援機関など)
自社で支援計画の全てを実施することが困難な場合、「登録支援機関」に支援計画の全部の実施を委託することができます。登録支援機関は、外国人材の支援に関する専門知識と体制を持っており、必要な手続きのサポートや生活支援を代行してくれます。(重要)登録支援機関への支援委託費用を外国人本人に直接的または間接的に負担させることは法律で禁止されています。海外現地からの人材募集には、外国人採用に精通した人材紹介会社やエージェントの活用も効率的です。
5.7. 助成金制度の活用
外国人雇用に際しては、人材確保等支援助成金(外国人労働者就労環境整備助成コース)や、職業経験が少なく就職が困難な求職者(外国人も対象となる場合がある)へのトライアル雇用助成金(一般コース)、従業員に専門知識・技能取得のための訓練を実施する際の人材開発支援助成金(特定訓練コース)など、厚生労働省の助成金制度を活用できる場合があります。条件を満たす場合は、忘れずに申請しましょう。詳しくはハローワークや管轄の労働局に問い合わせてください。
6. まとめ:育成就労制度で企業と外国人材の未来を育む
「育成就労制度」は、日本の人材不足の解消と企業の成長を両立させるために創設された、極めて重要な制度です。外国人材が日本でキャリアを築き、スキルアップを実現し、企業が多様な視点と国際競争力を高めるための基盤となります。
この制度を成功させるためには、企業は従来の外国人材受け入れに対する認識を改め、制度の目的とルールを正確に理解し、計画的な採用戦略を立てることが不可欠です。また、法令を遵守し、言語・文化の壁を乗り越えるための積極的なコミュニケーション支援、生活面や職場環境への手厚い定着支援を継続的に行う必要があります。特に、「同一労働同一賃金」の原則や社会保険・労働保険の加入義務、そして支援費用を外国人本人に負担させないことなどを徹底するよう注意しましょう。
まだ施行前の制度であり、細部の確定はこれからですが、情報収集を怠らず、必要に応じて登録支援機関などの専門家と連携しながら、準備を進めることが成功への鍵となります。育成就労制度を通じて、企業と外国人材が共に成長し、従業員の定着を促しながら、日本の未来を育む共生社会の実現に貢献していきましょう。
育成就労制度の導入や運用に関するご相談は、ぜひお気軽にお問い合わせください!
