1. はじめに:日本の外国人労働者の現状と歴史的転換
日本の労働力不足と外国人労働者の増加
近年、多くの国内企業が「募集をかけても採用できない」という深刻な人材確保の課題に直面しています。厚生労働省の統計によると、2014年頃から求職者1人に対する求人数が1件を超える「売り手市場」が続いており、少子高齢化による労働力不足は多くの業界で深刻化しています。 このような状況を背景に、日本で働く外国人労働者の数は右肩上がりに増加を続けています。2024年10月末時点で、その数は過去最高の230万人を突破しました。外国人労働者を雇用する事業所の数も約34万箇所にのぼり、6年前と比較して約1.58倍に増加するなど、外国人材の雇用が年々拡大していることが分かります。これは、国内の労働力不足を補うため、企業が外国人材の雇用に高い需要を持っていることの表れです。
外国人労働者の国籍・産業別動向
国籍別に見ると、ベトナムからの労働者が全体の約25%を占め最も多いですが、近年その割合は減少しつつあります。代わりに、インドネシア、ミャンマー、ネパールといった東南アジア諸国からの労働者が著しく増加しており、外国人材の出身国が多様化しているのが現状です。 産業別では、「製造業」が26.0%と最も多く、次いで「サービス業」、「卸売業、小売業」と続きます。人手不足が特に深刻な分野ほど、外国人労働者の受け入れが進んでいることがうかがえます。
【重要】技能実習制度の廃止と「育成就労制度」の新設
これまで外国人材の受け入れの一翼を担ってきた技能実習制度ですが、制度の目的と実態の乖離や人権上の課題が国内外から指摘されてきました。その結果、2024年6月14日、技能実習制度を廃止し、新たに「育成就労制度」を創設するための改正法が国会で可決・成立しました。 新制度は公布日から3年以内(2027年頃)に施行される予定です。この記事では、現行の技能実習制度の基本を解説しつつ、新制度への移行で企業が知っておくべきポイントを網羅的に解説します。
2. 「技能実習制度」から新設「育成就労制度」へ
現行「技能実習制度」の概要
1993年に創設された技能実習制度は、開発途上国への技能移転による国際協力を推進することを目的としています。法律では「労働力の需給の調整の手段として行われてはならない」と明確に定められており、あくまで人材育成を通じた国際協力が制度の建前です。
- 在留資格と期間: 技能実習生は「技能実習」という在留資格で日本に滞在します。在留期間は、1年目の「1号」、2・3年目の「2号」、4・5年目の「3号」に区分され、最大5年間です。各段階へ移行するには、技能検定試験等に合格する必要があります。
- 対象職種: 農業、建設業、食品製造業など、2022年4月時点で85職種158作業が対象です。
- 受け入れ方式: 日本の企業が海外法人から直接受け入れる「企業単独型」と、監理団体を通じて受け入れる「団体監理型」があります。海外に拠点を持たない中小企業の多くが利用する「団体監理型」が、全体の98%以上を占めています。
新「育成就労制度」の概要
技能実習制度の廃止に伴い創設される「育成就労制度」は、制度目的を大きく転換します。
- 目的:「人材育成と人材確保」へ: 従来の「国際協力」から、日本の人手不足分野における「人材の育成と確保」へと目的が明確に変わります。
- キャリアパス: 原則3年間の育成期間で、外国人材を「特定技能1号」の水準まで育成することを目標とします。これにより、「育成就労」から「特定技能」へのスムーズな移行を目指す一貫したキャリアパスが生まれます。
- 対象分野: 原則として特定技能制度の対象分野(特定産業分野)に統一されます。
- 転籍(転職)の緩和: 技能実習制度では原則認められなかった本人の意向による転籍が、一定の条件下で可能になります。これは外国人材の人権保護と労働者としての権利を向上させるための重要な変更点です。
- 監理団体の役割変更: 技能実習制度の「監理団体」は「監理支援機関」に名称が変更され、独立性を確保するために外部監査人の設置が義務付けられるなど、要件が厳格化されます。
3. 混同しやすい「特定技能」制度との違い
外国人材の受け入れを検討する上で、「特定技能」制度との違いを理解することは非常に重要です。両制度の最大の違いはその目的にあります。
制度目的の違いを明確化
- 技能実習: 技能移転による国際協力。
- 特定技能: 国内の労働力不足の解消。
主な違いの比較表
| 項目 | 技能実習制度 | 特定技能制度 |
| 目的 | 国際協力(技能移転) | 労働力不足の解消 |
| 在留期間 | 最長5年 | 1号:最長5年、2号:上限なし |
| 転職 | 原則不可 | 同一分野内で可能 |
| 家族帯同 | 不可 | 2号のみ可 |
| 人数枠 | 企業規模による制限あり | 原則なし(建設・介護除く) |
| 支援主体 | 監理団体 | 登録支援機関 |
技能実習2号から特定技能1号への移行ルート
技能実習2号を良好に修了した実習生は、関連分野の特定技能1号へ移行する際に、技能試験と日本語試験が免除される場合があります。これは、企業が育成した人材を引き続き雇用できるという実務上の大きなメリットです。ただし、育成就労制度では試験合格が移行の要件となります。
4. 企業が外国人材を受け入れるメリット・デメリット
外国人労働者の受け入れは、多くのメリットをもたらす一方で、企業が向き合うべきデメリットや課題も存在します。
メリット
- 人材不足の解消と即戦力確保: 若く意欲の高い人材を確保でき、労働力不足を直接的に解消できます。特定技能制度では、一定のスキルを持つ人材を即戦力として採用できます。
- 社内の活性化とグローバル化: 異なる文化や価値観を持つ人材が加わることで、職場に新しい視点やアイデアがもたらされ、組織全体が活性化します。これは企業の競争力向上にも繋がります。
- 海外進出の足掛かり: 進出予定国の言語や文化に精通した人材がいれば、現地市場の理解やビジネス展開が円滑に進みます。
- 助成金の活用: 外国人雇用で活用できる「人材確保等支援助成金」などの各種助成金制度があり、採用コストの負担を軽減できる可能性があります。
デメリットと社会的な問題点
- 文化・価値観の違いによるトラブル: 働くことへの価値観や宗教、生活習慣の違いから、従業員間だけでなく顧客とのトラブルに発展する可能性があります。事前の異文化理解研修などが重要です。
- コミュニケーションの課題:言語の壁は、業務効率の低下や情報伝達ミス、安全上のリスクにも繋がりかねません。明確な指示の出し方を徹底したり、日本語学習を支援したりする体制が必要です。
- 複雑な手続きと時間・コスト: 在留資格の申請・変更など、日本人採用にはない複雑な手続きが必要で、時間とコストがかかります。専門家や支援機関への相談も有効です。
- 労働環境をめぐる課題:一部の企業では、長時間労働や低賃金、差別やパワーハラスメントといった不適切な労働環境が問題視されています。外国人労働者にも日本の労働基準法や最低賃金法は等しく適用され、違反した場合は厳しく罰せられます。
5. 外国人材を雇用するための具体的な手順と注意点
外国人材の採用は、日本人とは異なる手続きや確認事項が伴います。
採用フロー(7ステップ)
- 求人募集: 自社サイトやSNSのほか、外国人材の紹介に特化したエージェントや監理団体、登録支援機関の活用が効率的です。
- 選考: 日本語レベルや職務経験に加え、在留資格の種類と有効期限を必ず確認します。
- 内定
- 労働契約の締結: トラブル防止のため、給与や労働時間などの条件を明記した契約書を本人が理解できる言語(母国語併記など)で作成し、書面で取り交わします。
- 在留資格申請・変更: 海外からの採用は「在留資格認定証明書交付申請」、国内在住者の場合は「在留資格変更許可申請」などが必要です。
- 入社準備: 海外からの渡航や住居探し、銀行口座開設、社会保険手続きなどの生活サポートを行います。
- 雇用開始
企業に求められる法的義務と労務管理
- 法令遵守: 労働基準法、最低賃金法、労働安全衛生法は国籍を問わず適用されます。
- 差別的取り扱いの禁止: 国籍を理由に賃金や労働条件で不当な差別をすることは固く禁じられています。
- 社会保険・労働保険: 加入義務があります。
- ハローワークへの届出: 外国人雇用状況の届出が義務付けられています。
6. 外国人材の定着を促す支援体制のポイント
採用した外国人材に長く活躍してもらうためには、企業側の手厚い支援体制が不可欠です。
生活面のサポート
日本での生活に不慣れな外国人材にとって、仕事以外のサポートは非常に重要です。
- 住居確保: 社宅の提供や賃貸契約の連帯保証人になるなどの支援が求められます。
- 公的手続き: 住民登録や銀行口座開設、携帯電話の契約などに同行し、手続きを補助します。
- 生活オリエンテーション: ゴミの出し方や交通ルール、医療機関の利用方法など、日本で生活するための情報を提供します。
職場でのサポート
- メンター制度の導入: 業務や職場での悩みを気軽に相談できる日本人従業員(メンター)を選任すると効果的です。
- 日本語学習の機会提供: 業務に必要な日本語能力を向上させるための学習機会を提供します。
- 定期的な面談の実施: 支援責任者などが3ヶ月に1回以上の頻度で定期的な面談を行い、労働状況や生活上の課題を早期に把握し、対応することが重要です。
登録支援機関の活用
特定技能1号の外国人に対しては、上記のような支援を行うことが法律で義務付けられています。これらの支援を自社で行うのが難しい場合は、国の認定を受けた「登録支援機関」に支援業務の全部または一部を委託することが可能です。初めて外国人材を受け入れる企業にとっては、専門家のサポートを受けることが成功の鍵となります。
7. まとめ:制度変更を好機と捉え、持続可能な外国人材活用を
技能実習制度から育成就労制度への移行は、単なる名称変更ではありません。それは、日本が直面する労働力不足という課題に対し、外国人を「労働者」として正面から受け入れ、「育成」と「定着」に真剣に取り組むという国の方針転換の表れです。 企業にとっては、これまで以上に外国人材の人権に配慮し、キャリアパスを提示することが求められます。これは短期的に見れば負担増かもしれませんが、長期的に見れば、意欲の高い人材を確保し、多様性あふれる強い組織を築く絶好の機会です。 法令を遵守し、生活面まで含めた手厚い支援体制を構築すること。それが、これからの時代に外国人材から「選ばれる企業」となり、持続可能な成長を遂げるための鍵となるでしょう。
