1. はじめに:日本の外国人材受け入れ政策、歴史的転換点へ
1.1. 日本の深刻な労働力不足と外国人労働者の現状
日本は少子高齢化の進行により、多くの企業が深刻な労働力不足に直面しています。厚生労働省のデータによると、2025年2月の有効求人倍率は1.24倍に達し、2014年頃から求職者よりも求人数が多い「売り手市場」が続いています。このような状況の中、国内で働く外国人労働者の数は年々増加しており、2024年10月末時点で230万人を突破し、過去最高を更新し続けています。外国人労働者を雇用する事業所も約34万箇所に増加し、雇用の拡大が顕著です。
国籍別では、ベトナムが約25.3%で最も多く、次いで中国、フィリピンと続きますが、近年はインドネシア、ミャンマー、ネパールなど東南アジアからの労働者が増加しています。産業別では「製造業」が26.0%と最も多く、次いで「サービス業」「卸売業、小売業」が続きます。労働力不足が深刻な分野ほど、外国人材の受け入れが進んでいることがうかがえます。
1.2. 【結論】技能実習制度は廃止され、「育成就労制度」へ
日本の労働力不足を支える一翼を担ってきた技能実習制度ですが、制度が抱える多くの課題から国内外の批判を受け、廃止されることが決定しました。後継制度として「育成就労制度」が創設され、2027年6月20日までに施行される予定です。 本記事では、技能実習制度がなぜ廃止に至ったのか、その歴史的背景と課題を深掘りし、新制度「育成就労」で何が変わるのかを、企業の視点から分かりやすく解説します。
2. 技能実習制度とは何だったのか?目的と実態の乖離
2.1. 本来の目的:「国際協力」としての技術移転
技能実習制度は1993年に創設された制度です。その公式な目的は、「人材育成を通じた開発途上地域等への技能、技術または知識の移転による国際協力を推進すること」と法律で定められていました。 重要なのは、技能実習制度は「労働力の需給の調整の手段として行われてはならない」と明確に定められていた点です。つまり、労働力不足を補うための制度ではなく、あくまで国際協力が主目的でした。
2.2. 技能実習の仕組み:1号・2号・3号と関係機関
技能実習生は、在留資格の区分に応じて日本に滞在し、実習を行いました。
- 在留資格の区分: 1年目の「技能実習1号」、2・3年目の「技能実習2号」、4・5年目の「技能実習3号」があり、最長で5年間の滞在が可能でした。各段階へ移行するには、技能検定試験の合格が必要でした。
- 受け入れ方式: 企業が直接受け入れる「企業単独型」と、監理団体を介する「団体監理型」があり、98%以上が団体監理型でした。
- 関係機関の役割: 海外で実習生を募集する「送出機関」、企業をサポートし監査する「監理団体」、制度を監督する「外国人技能実習機構(OTIT)」が連携して制度を運用していました。
2.3. 企業側のメリット(なぜ活用されてきたのか)
技能実習制度は、公式な目的とは裏腹に、実態としては多くの企業にとって労働力不足を補うための重要な手段となっていました。
- 人材不足の解消: 人手不足が深刻な建設、食品製造、農業などの分野で、若く意欲の高い労働力を確保できるため、多くの企業、特に地方の中小企業で活用されていました。
- 国際協力と文化交流: 技能移転による国際協力や、職場での異文化交流による活性化といった側面もありました。
3. なぜ廃止へ?技能実習制度が抱えた深刻な課題
技能実習制度は、その運用過程で多くの深刻な課題を抱え、国内外から厳しい批判を受けるに至りました。これが制度廃止の直接的な原因です。
3.1. 制度の目的と実態の乖離
最大の課題は、「国際協力」という建前と、「安価な労働力不足の補填」という実態が大きくかけ離れていた点です。この根本的な矛盾が、以下の様々な問題を生み出す温床となりました。
3.2. 技能実習生の労働環境と人権の問題
- 低賃金・長時間労働: 一部の企業では、最低賃金法違反や不当な長時間労働が横行していました。
- 人権侵害: 暴行、脅迫、パスポートの取り上げ、私生活の不当な制限といった悪質な人権侵害事例が報告され、国際社会からも批判を浴びました。
- 高額な手数料と借金: 実習生が悪質な送出機関やブローカーから高額な手数料を請求され、多額の借金を背負って来日するケースが問題視されていました。
- 失踪者の多発: 過酷な労働環境や借金問題から逃れるため、多くの技能実習生が失踪する事態が社会問題化していました。
3.3. 制度上の構造的な問題
- 転職(転籍)の原則禁止: 実習生は、たとえ職場環境に深刻な課題があっても容易に転職できず、弱い立場に置かれていました。
- 監理団体の機能不全: 実習生を保護すべき監理団体が、企業の側に立ちすぎて機能していなかったり、不正行為に関与したりするケースがありました。
4. 新制度「育成就労制度」で何が変わるのか?
これらの深刻な課題を解決するため、技能実習制度は廃止され、新たに「育成就労制度」が創設されます。
4.1. 制度目的の明確な転換:「国際貢献」から「人材確保と人材育成」へ
新制度の目的は、これまでの「国際協力」から、「日本の人手不足分野における人材確保と人材育成」へと明確に転換されます。これにより、制度の目的と実態の乖離という根本的な課題を解消します。
4.2. 特定技能制度との連携強化
育成就労は、3年間の育成期間で特定技能1号水準の人材を育成し、特定技能制度へスムーズに移行することを前提とした「橋渡し」としての役割を担います。これにより、技術移転にとどまらない、長期的なキャリアパスが構築されます。
4.3. 技能実習からの主な変更点
- 転籍(転職)の条件付き容認: 技能実習制度との大きな違いとして、同一企業で1年以上の就労、技能・日本語試験の合格などの要件を満たせば、本人の意向による転籍が可能になります。
- 監理団体の役割と要件厳格化: 監理団体は「監理支援機関」へ名称変更。外部監査人の設置が義務付けられるなど、独立性・中立性が強化されます。
- 企業の費用負担の仕組み導入: 外国人労働者が支払う手数料の一部を受け入れ企業が負担する仕組みが導入され、労働者の負担が軽減されます。
- 悪質なブローカー対策の強化: 不法就労助長罪が厳罰化されます。
5. 企業はどう備えるべきか?育成就労制度のメリット・デメリット
5.1. 企業にとってのメリット
- 長期的な人材確保: 育成就労から特定技能への移行がスムーズになることで、育成した人材を即戦力として長期間雇用しやすくなります。
- 日本語能力の向上: 入国前に日本語能力試験(N5相当)の合格が求められるため、初期のコミュニケーションが円滑になる可能性があります。
5.2. 企業にとってのデメリットと新たな課題
- 人材の流出リスク: 転籍が認められるため、育成した人材がより良い条件を求めて他社へ転職するリスクが発生します。
- 採用コストの増加: 渡航費や手数料の負担により、初期費用が増加する見込みです。
- 定着に向けた努力の必要性: 人材流出を防ぐため、日本人と同等以上の適切な待遇や良好な労働環境、キャリアパスの提示など、選ばれる企業になるための努力が一層求められます。
6. まとめ:技能実習制度の歴史的転換と企業の未来
技能実習制度の廃止は、日本の外国人材受け入れ政策の大きな転換点です。この制度は、労働力不足の解消に貢献した一方で、国際協力や技術移転という本来の目的と実態が乖離し、多くの深刻な課題を抱えていました。 後継制度である「育成就労制度」は、これらの課題を解決し、「人材確保と育成」という実態に即した目的を掲げています。企業にとっては、転籍リスクやコスト増といった新たな課題に対応し、外国人材から「選ばれる」ための労働環境整備を進めることが、今後の人材確保戦略の鍵となります。 この歴史的転換を正しく理解し、適切に対応することで、企業は持続的な成長を実現し、多文化共生社会の未来を築くことができるでしょう。技能実習制度の導入や新制度への移行に関するご相談は、ぜひ専門機関へお問い合わせください。
