1. はじめに:特定技能制度とは?日本の人手不足を解消する切り札
日本の労働力不足の現状と特定技能制度の創設背景
現在、日本の多くの企業が少子高齢化による深刻な人手不足に直面しています。有効求人倍率は2014年頃から1倍を超え続け、国内での人材確保は「売り手市場」が続いています。このような状況の中、日本で働く外国人労働者の数は増加の一途をたどり、2024年10月末時点で過去最高の230万人を突破しました。
この深刻な人手不足という国家的課題に対応するため、日本政府が切り札として2019年4月に導入したのが、在留資格「特定技能」制度です。この制度は、国内で人材を確保することが困難な特定の産業分野において、即戦力となる外国人材を受け入れることを目的としています。
【重要】特定技能制度の最新動向
特定技能制度は、日本の労働市場の変化に対応するため、常に進化しています。
- 特定技能2号の対象分野が大幅に拡大 2023年6月、在留期間の上限がなくなり家族帯同も可能となる「特定技能2号」の対象分野が、介護を除く11分野へと大幅に拡大されました。これにより、特定技能1号で働く外国人にとって、日本での長期的なキャリアパスがより魅力的になりました。
- 技能実習制度の廃止と「育成就労制度」の創設 長年、日本の外国人材受け入れの一翼を担ってきた「技能実習制度」は、その目的と実態の乖離や人権上の問題点から廃止が決定されました。そして、特定技能への移行を前提とした新しい「育成就労制度」が創設され、2027年頃の施行を目指しています。この改革により、特定技能は今後の外国人材受け入れの中核的な在留資格として、その重要性をさらに増すことになります。
2. 特定技能1号の基本:対象分野と取得要件
特定技能1号の概要
特定技能1号は、「特定産業分野に属する相当程度の知識又は経験を必要とする技能を要する業務に従事する外国人向けの在留資格」です。
- 目的: 特定産業分野における人手不足の解消(労働力の確保)。
- 在留期間: 通算で上限5年まで。在留中は1年・6ヶ月・4ヶ月ごとに在留資格の更新が必要です。
- 家族の帯同: 原則として認められていません。
対象となる16の特定産業分野
特定技能1号の対象となるのは、日本国内で特に人手不足が深刻とされている以下の16分野です。
- 介護
- ビルクリーニング
- 工業製品製造業(旧:素形材産業、産業機械製造業、電気・電子情報関連産業が統合)
- 建設
- 造船・舶用工業
- 自動車整備
- 航空
- 宿泊
- 農業
- 漁業
- 飲食料品製造業
- 外食業
- 自動車運送業(2024年追加)
- 鉄道(2024年追加)
- 林業(2024年追加)
- 木材産業(2024年追加)
取得に必要な2つの試験
特定技能1号の取得条件として、原則として以下の2つの試験に合格する必要があります。
- 技能試験: 各分野で定められた技能試験に合格し、即戦力として必要な知識や経験(技能水準)を有することを証明します。
- 日本語試験: 「国際交流基金日本語基礎テスト(JFT-Basic)」または「日本語能力試験(JLPT)N4以上」のいずれかに合格する必要があります。
- (補足)介護分野では、上記に加えて「介護日本語評価試験」への合格も必須です。また、自動車運送業や鉄道の一部業務では、より高いN3レベルが求められる場合があります。
【重要】技能実習2号修了者からの移行
特定技能人材を採用する上で非常に重要なルートとして、技能実習からの移行があります。関連分野の技能実習2号を良好に修了した者は、技能試験と日本語試験の両方が免除される場合があります。これは、企業が育成した人材を継続して雇用できる大きなメリットとなります。
3. 「技能実習(育成就労)」との違い
「特定技能」は、しばしば「技能実習」と混同されますが、両者は制度の目的から根本的に異なります。
制度目的の違いを明確化
- 特定技能: 日本の人手不足を解消することが目的であり、外国人を「労働力」として受け入れます。
- 技能実習: 日本の技術を開発途上国へ移転する「国際貢献」が目的です。法律上、労働力の需給調整の手段として行われるべきではないと定められています。
主な違いを比較表で解説
| 項目 | 特定技能1号 | 技能実習制度 |
| 目的 | 人手不足の解消 | 国際貢献 |
| 転職の可否 | 同一分野内で可能 | 原則不可 |
| 業務範囲 | 日本人と同様の幅広い業務が可能 | 計画された実習範囲に限定 |
| 受け入れ人数枠 | 原則なし(介護・建設除く) | 企業規模による制限あり |
| 技能水準 | 即戦力レベル(試験合格が必須) | 未経験からスタート可能 |
| 支援主体 | 登録支援機関 | 監理団体 |
4. 受け入れ企業の義務:支援計画と登録支援機関の活用
特定技能1号の外国人を受け入れる企業(特定技能所属機関)には、彼らが日本で安定して働き、安心して生活できるよう、法律で定められた手厚い支援を行う義務があります。
「1号特定技能外国人支援計画」の策定義務
企業は、特定技能1号の外国人一人ひとりに対して、「1号特定技能外国人支援計画」を作成し、その計画に沿った支援を実施することが法律で義務付けられています。
義務付けられた10項目の支援内容
この支援計画には、以下の10項目を盛り込む必要があります。
- 事前ガイダンス: 来日前に労働条件や生活ルールを本人が理解できる言語で説明します。
- 出入国時の送迎: 来日・帰国時に空港と住居間の送迎を行います。
- 住居確保・生活契約支援: 住居の確保を手伝い、銀行口座開設や携帯電話の契約などをサポートします。
- 生活オリエンテーション: 日本の行政手続きや交通ルールなど、生活に必要な情報を提供します。
- 公的手続への同行: 必要に応じて、役所での住民登録や社会保険手続きに同行します。
- 日本語学習の機会提供: 日本語能力の向上をサポートします。
- 相談・苦情への対応: 仕事や生活上の悩みに、本人が理解できる言語で対応できる体制を整えます。
- 日本人との交流促進: 地域のイベントや社内行事への参加を促し、社会的な孤立を防ぎます。
- 転職支援: 会社の都合で解雇する場合、求職活動を支援します。
- 定期的な面談・行政機関への通報: 支援責任者が3ヶ月に1回以上、本人及びその上司と面談し、法令違反があれば行政機関に通報します。
登録支援機関の活用
これら10項目の支援をすべて自社で行うのは、特に中小企業にとって大きな負担です。そのため、これらの支援業務の全部または一部を、国の認定を受けた「登録支援機関」に委託することが認められています。 登録支援機関は外国人支援の専門家として、煩雑な手続きや多言語でのコミュニケーションを代行します。特に、過去2年間に外国人材の受け入れ・管理実績がない企業は、登録支援機関への委託が強く推奨されます。
5. 特定技能1号の採用フローと法的注意点
採用フロー(7ステップ)
特定技能1号の外国人材の採用は、一般的に以下の流れで進みます。
- 求人募集: 外国人材に特化したエージェントなどを活用します。
- 選考: 在留カードで在留資格を必ず確認します。
- 内定。
- 労働契約の締結: トラブル防止のため、本人が理解できる言語で契約書を作成します。
- 在留資格申請・変更: 海外からは「在留資格認定証明書」、国内からは「在留資格変更許可申請」を行います。
- 入社準備: 住居探しや銀行口座開設などの生活サポートが重要です。
- 雇用開始。
企業に求められる法的義務
- 不法就労の防止: 在留資格で認められた業務範囲を超えて就労させた場合、企業も「不法就労助長罪」で罰せられる可能性があります。
- 日本人と同等以上の報酬: 国籍を理由に賃金を差別することは法律で禁止されており、報酬額は同等の業務に従事する日本人と同等以上でなければなりません。
- ハローワークへの届出: 外国人労働者の雇用時および離職時には、「外国人雇用状況届出書」の提出義務があります。
6. まとめ:特定技能制度を正しく活用し、企業の成長へ
在留資格「特定技能1号」は、人手不足を解消するための、即戦力人材を確保する重要な制度です。技能実習制度とは目的やルールが根本的に異なり、労働者としての権利がより保障されています。
しかし、受け入れ企業には職業生活から日常生活にわたる手厚い支援義務が課せられています。この負担は、専門知識を持つ「登録支援機関」を活用することで軽減できます。
特定技能2号への分野拡大や育成就労制度の創設など、関連制度は常に変化しています。法改正の動向を注視し、関連法規を遵守した上で制度を正しく活用することが、持続的な人材確保と企業の成長につながるでしょう。
